第5回 公開講座
 講師  東京大学名誉教授 解剖学者
養老 孟司 氏
 

日 時 平成22年5月21日(金)  14:00〜15:30
会 場 ホテルロイヤルヒルズ八宝苑
テーマ 「心とからだ」


本年より、木更津市民会館からホテルロイヤルヒルズ八宝苑に会場を変更して、開催させて頂きました。 今回は、養老氏の人気のおかげで、事前申し込みで予定数に達しました。 当日は、12時半から来場者があり、会場までお待ち頂き、開演の午後2時前には、席の9割方、埋め尽くされました。 主催者としては一安心でした。会場前列付近は女性が多かったようです。

「心とからだ」が講演テーマですが、それにとらわれずに、多岐にわたり、お話を頂きました。 不十分ではありますが、以下に要約させていただきました。

【モノ余りと過食】

日本人の寿命は世界一長生き、新生児死亡率は世界で一番低いです。多くの命を救い、 また、長らえてきました。ある意味、医療が進みすぎました。 日本人の食料の食べ残しは、全世界の食料援助の3倍です。モノ余りの状況にあります。 昔の栄養学は欠乏についてが大半でしたが、今では過食についての栄養学となっています。阪神淡路大地震が発生した時、 昔ならば、人手や物資が不足し、いずれも値上がりしたはずですが、十分な供給能力があったので、全くその現象が起きませんでした。 経済を見ても、あり余って、すべてが供給過剰の状態です。

【楽で便利な生活様式】

体を動かすということは、知らずのうちに、脳にあるソフトを改良していきます。 ホンダはロボット開発に300億円ぐらい費やしています。人間は生まれた時は歩けないが、やがて、歩き出します。 大金をかけずして、その能力を持ち合わせています。 ところが、ここ何十年、我々は脳のソフトを改良することなく、外部を歩きやすい環境に変えてきました。 たとえば、道路を平らで、固くして、また、バリアフリーにしたりして。能力の改良や磨くことなく、楽な生活を志向してきました。 生物は怠けだすと、動かなくなり、個々の能力が低下していきます。

鉛筆を削るのに切り出しナイフから電動に、風呂焚きもまき割からボタンに代わり、便利を選択しました。便利により、 体を使わなくなり、同じく脳のソフトの改良がされません。

【体育】

五感から得た信号は脳に入り、体を動かすという出力となります。体の動きはほとんど、脳からの出力です。 また、脳から出てくるものは筋肉の動きしかありません。筋肉の動きを止めてしまうと、頭の中でどんな立派な考えを持っても、 口もきけない、サインもできない、うなずきもできません。

脳の仕事の1/3は運動です。運動は脳を鍛えています。勉強だけではなく、野球やサッカーも脳を鍛えております。 掃除はきれいにするだけでなく、合理的な体の動かし方、使い方を覚え、脳を鍛えてます。

日本文化は体の動かし方としては、世界でも最高だと思います。それが「道(どう)」です。武道、華道、茶道など、立ち振る舞いや身のこなしが優れている。 武道は、あらゆる方位から、いつ敵が襲ってくるかも知れず、そのため、身のこなしにすきがない。いずれも、実用と結び付けられている。 ところが、現代では、体を動かすことをバカにして、一人ひとりの能力が落ちました。低下した能力を回復するために、「体育」を復活させなければいけません。

【感覚、絶対音感】

今日、魚屋から買ってきたサンマと三日前のサンマを、猫は見分けが出来るが、奥様にそっと給仕された亭主は気付かない。(会場爆笑)。 それだけ、感覚が鈍くなってきています。大人の感覚は生後1ヶ月の乳児に劣ります。正確には、乳児が優れているのではなく、 大人の方が衰えています。また、アフリカの土族と現代の日本人の視力を比較した場合も同様です。

愛犬を呼ぶ時、犬は呼ばれた名前ではなく、音階で判断します。音の高さがわかる絶対音感を持っています。 一方、人間は言語を持っているので、音階ではなく、「名前」の音で判断する為、大人になるにつれて、音感が鈍くなる。 音痴とは、「音の高さが違っていても、同じ曲と信じて歌える能力」(会場爆笑)のことです。

【意識】

外部から入力されたもの「違い」を捉えるものが感覚です。その一方で、異なるものの中から、個々の「同一性、共通性」であることを求めるのが意識です。 意識は脳の中だけの作業で、人間だけの能力です。その為、人間は「交換」という行為ができます。動物は、それぞれの持ち物やえさの物々交換ができません。

学問や言葉なども「意識」によるもので、現代社会は「意識」を偏重しすぎるので、「感覚」は体と同じで、使われないから鈍ってきています。

また、感覚の中ではすべての事象が異なるのに、意識の中に閉じこもっていると、共通理解を求められるので、例えば、個性という価値の中で「私」は、幼少から老人に至るまで 同じと考えるので、進歩しなくなります。ところが、人間の体は日々、変わっている。でも、意識が変わらない。 人は作っていき、作られていくもので、絶えず変わっていくものです。そのため、教育があり、社会があります。


「知育、徳育、体育」のキーワードで、講演は終了しました。脳のために、この3つの働き、教育のバランスを最後にお伝えしたかったのではないかと察しております。


(研修委員長 石塚貴雄)